
歴史ロマン―――、
史跡大阪池上曽根遺跡大型堀立柱建物の復元・2001年春の完成をめざし、接近する府立弥生文化博物館とあわせ、総合的弥生文化を体験できる新しいスタイルの史跡公園がオープンの予定です。
大阪池上曽根遺跡は明治時代からその存在が知られていましたが、1969年から始まった国道26号線の発掘調査によって、弥生時代の全期間を通じて営まれた大規模な環濠集落として広く知られるようになりました。
1976には環濠に囲まれた約11.5haの範囲が国遺跡に指定されました。1990年から史跡整備の構想が練られ、同時に整備のための発掘調査もスタートしました。
史跡整備の調査によって、それまで不明な点も多かった弥生時代大規模集落の実態があかされ、従来の農村のイメージでは説明しきれない都市的な集落の姿が浮かび上がってきました。
大型堀立柱建物が集落中心で発見された1995年、文化庁が新たに設定した大規模遺跡総合整備事業(古代ロマン再生事業)の1号に採択され、本格的な史跡整備に着手しました。
現在、整備事業は地方拠点史跡等総合整備事業(歴史ロマン再生事業)に引き継がれ、2001年春の完成をめざし、整備が進められています。
21世紀を迎える年には、約3.5haの第一期整備が終了します。
大型堀立柱建物だけでなく、環濠や竪穴住居、堀立柱建物、巨大な井戸に代表される祭遺構などが復元され、大型規模で都市的な弥生集落が再現されます。
全国でも最大規模の復元建物、復元作業は、発掘された掘っ立て柱の穴を保存するため、約1メートル土盛したうえに柱をた建て、原寸大で復元。
高さ11メートル、床までの高さ4メートル、床面積135平方メートルで、屋根はかやぶき、主要部材料は直径40〜60センチのヒノキ約50本で、地元和泉市で調達した。
掘っ立て柱の地中部分は鉄の筒で包むなど、[免震構造]も取り入れて200年は持つ構造になっている。
弥生時代の生活を体験できる学習設備も建設され、隣接する府立弥生文化博物館とあわせ、総合的に弥生文化を体験できる新しいスタイルの「史跡公園」が2001年(21世紀)春にオープン致します。
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